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54 せめて最期は……

last update Last Updated: 2025-12-14 11:35:04

 月明りで青白く照らされた城の廊下は血にまみれていた。城の内部はむせかえるような血の匂いが充満し、血だまりの中には無数の骸骨が転がっている。

ピチャッ

ピチャッ……

 そんな血の海の中を私は1人、フラフラと歩いていた。目指す場所はかつて父と母の3人で同じ時間を共に過ごしたお気に入りの広間……。そこで私と母は2人で並んでピアノを弾き、父がその音色を楽しんだ。思い出の広間――

ガチャ……

広間の扉を開けて、中へ入るとその空間だけは何所も荒らされた形跡も無く、惨劇の跡も無かった。

「フフフ……この部屋だけは……醜い血で汚されることは無かったのね……」

私はピアノの前に座り、鍵盤の蓋を開けた。

ポロン……

叔父家族がこの城に乗り込み、私が離れへ追いやられていた間にピアノの調律は狂っていた。ヘルマはピアノが弾けなかったので誰も気にかけてはくれなかったのだ。

「このままでは弾けないわね……」

 私は魔力を使って、ピアノの調律を戻すとすぐにピアノを弾き始めた。最初は父が大好きだったピアノ曲。今や誰も聞く人がいない城の中で、ただ1人私はここでピアノを弾き続ける。自分の最期を迎えるその時まで……。

 彼等に対する復讐を計画した時から、最期はこの城と共に一緒に燃えて朽ち果てようと決めていたのだ。

 いくら直接手を下さなかったとはいえ、私は狼たちを使って数多の人々を残虐に殺してしまった。もはや私のような大罪人は生きていてはいけない。だからここで……この城と運命を共にして死ぬつもりだ。

 魔女と化し、このうえない残虐な方法で大量殺人を行った私は父と母のいる神の身許に行くことは絶対出来ないだろう。それならせめて両親と楽しい日々を過ごしたこの城で自分の人生を終わりにしたい。家族3人で幸せな時を過ごしたこの部屋で大好きなピアノを弾きながら……。

 父の好きだったピアノを弾き終えた頃には大分城の中に火の手が回ってきていた。窓から城の向かい側の塔が見えるが、既に真っ赤な炎に包まれている。

「後2曲位は弾けるかしら?」

次に母が大好きだったピアノ曲を弾き始める。そしてピアノを弾きながらふと思った。

そう言えば、ジークハルトは一度も私のピアノの演奏を聞いたことは無かった。「貴方の為にピアノを演奏したい」といくら私が言っても彼はいつもやんわりと断っていた。今にして思えば魔女の私が弾くピアノの演奏など
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  • 黒薔薇の魔女~さよなら皆さん。今宵、私はここを出て行きます   53 ※私はフィーネ。全てを終わらす者 (残虐シーン注意)

    「や、やめろっ! 頼む……っ! 許してくれーっ!! ギャーッ!! あ、あっちへ行ってくれ! フィーネッ!! 助けてくれっ!!」「こ、この……魔女め……っ!! グアアアアアアーッ! よ、よせーっ!! やめろっ! 俺を……喰うなーっ!!」狼の下敷きにされた2人の痛みと苦しみ……そして恐怖の絶叫は止むことはない。2人とも私の魔力で心臓が無事な限り、死ぬことは無い。なので未だに意識を失うことも無く、泣き叫び続けている。「フフフ……まだまだ叫ぶ元気がありそうですね。心臓が止まる最後の時まで苦しみ抜いて死んで下さい」「痛い痛い痛いっ!! ギャーッ!!」「た、頼むっ!! いっそ……いっそ殺してくれーっ!」叔父とジークハルトの絶叫が響き渡る。断末魔の叫びを上げ続けていた2人はやがて声を発する事も出来なくなった。恐らく発声器官を喰い破られたのだろう。今や狼の牙を立てる音や咀嚼音……血をすする音しか聞こえなくなった。叔父とジークハルトの耳には私の声は届かないだろうが……今も狼に喰われ続けている2人に私は語った。「あなた方の死を見届けた後……私はこの城を燃やし、無に返します。私の名はFine(フィーネ)。全てを終わらす者……。アドラー家はこれでもう終わりです」やがて全てを喰らいつくしたのだろう。2匹の狼達が私の方を振り向き、ゆっくりと近づいてくると足元にひれ伏した。「どう? お前たち……。飢えはもう満たされたかしら?」私は2匹の狼達の背中を撫でると、彼等は嬉しそうに尻尾を振る。「さて、叔父様とジークハルト様はどうなったかしら……」血まみれの床に転がる骸骨を確認する為に私は近付き……笑みを浮かべてジークハルトと叔父の骸骨を見下ろした。するとそこにはまだドクドクと脈打つ2つの心臓が血溜まりの床の上に落ちていた。彼等は心臓だけになってもまだ生きていたのだ。「フフフ……上出来よ。よくやったわ」私は2匹の狼達を見て笑みを浮かべた。「叔父様、ジークハルト様……最期は私の手で貴方達の息の根を止めてあげますね?」そして指先から燃え盛る火の玉を作り出した。「炎よ……この醜い欲にまみれた彼等を燃やし尽くし……全てを無に返しなさい」そして迷うこと無く、未だにうごめく2人の心臓目掛けて火の玉をげつけた。ボッ!!あっという間に燃え盛る炎に包まれる2つの心臓。そしてそ

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